「帰りを待つポストの前で」
東京都内、住宅街の一角にある集合ポストの前で、1匹の黒白ハチワレ猫が座っていました。
じっと道路の先を見つめて、通行人にも動じる様子はありません。
「毎朝、あの子はポストの前でご主人の帰りを待ってるんです」
そう話すのは、同じマンションに住む80代のご婦人。
飼い主は、近所の塾で働く大学生・真由さん(仮名)。
夜遅くまでの仕事から帰ってくると、猫は必ずポスト前で出迎えてくれるのだそうです。
真由さんが飼い始めたのは、1年前の雨の日に段ボールで震えていた子猫。
初めは距離のあったふたりでしたが、名前をつけ、食事を用意し、少しずつ心を通わせてきました。
ある日、ポストの前に立ち尽くす猫の姿を見た近所の子どもが言いました。
「ただいまって言われるの、うれしいよね」
今ではそのポスト前は、猫と人をつなぐ“帰り道の交差点”。
誰かが帰ってくるたびに、猫はチラッと顔を上げ、違えばまた静かに待ちます。
そして、真由さんの足音が近づくと、すっと立ち上がって――小さく「にゃ」。
ポストの前には、今日もやさしい時間が流れていました。